ミリタリー・プロフェッショナリズムとは何か? 端的に言えば、現代の軍の将校の職業は「プロフェッション(profession)」である、という主張である。ここで謂うプロフェッションは本来、16世紀以来西欧文明が営々として築き上げた固有の職業概念であり、一般的な職業(vocationあるいはoccupation)とは本質的に異なる、言わば高度の知識・技能を身に付け、重い社会的責任を担うごく限られた知的な職業に与えられる名称・価値観である。
この概念に適合する職業は古来、聖職者、医師、弁護士に限られて来た。いずれも社会の成立そのものに必要不可欠な職業、社会が正しく機能するために必須の職業として位置付けられ、自らの職域の専心確立と独占を目指す団体的特性を追求することによって、他の一般的な職業とは峻別した特別なステータスが付与されている。
ハンチントンはこの知的プロフェッションに新たに軍の将校を加えたのである。従来の国内社会の健全性と秩序の維持に加え、極度に激化した現代の国家間の競合・紛争が、新たに軍人をして国際社会における国家そのものの存亡を制する決定的因子としたのである。
ハンチントンは『軍人と国家』の本論に入ると直ちに、現代の将校職はプロフェッションであることを次のように明確に宣言している。
現代の将校団(officer corps)はプロフェッショナルな団体であり、現代の将校(military officer)はプロフェッショナルな人間である。おそらくこのことが本書の最も基本的な主題である。 プロフェッションというのは、高度に専門化した特性を備える特定部類の機能集団のことを謂う。彫刻家、速記者、企業家、コピーライターは、それぞれすべて異なった機能を持つ人たちであるが、これらの機能は本質的にプロフェッショナルな特性とは言えない。しかるに現代の将校の特性は、本質的にプロフェッショナリズムであり、それは医者や弁護士の特性と軌を一にする。プロフェッショナリズムの観点から見ると、現代の将校と前代の戦士としての将校は別物である。将校団がプロフェッショナルな団体として存在していることは、シビル・ミリタリー・リレーションズの現代的な問題に独特の影響を与えている。
議論を始めるにあたってハンチントンは何よりもまず、「現代の将校職はプロフェッションである」とする命題を本書の最も基本的な主題と位置付けているのである。

このミリタリー・プロフェッショナリズム提唱の原点は、19世紀初頭にクラウゼヴィッツが『戦争論』の中で示した戦争の本質に関する二元性の概念にある。「戦争はそれ自身の方法と目標を持つ自律的な科学であり、まさにそれと同時に、その究極的な目的が外部から与えられるという意味において従属的な科学である」という戦争の自律性と従属性を表す二元性である。
クラウゼヴィッツの『戦争論』ーハンチントンのプロフェッショナル理論の原点
ハンチントンは、クラウゼヴィッツの『戦争論』が示す戦争の本質に関する二元性の概念が、プロフェッショナルな概念そのものを表していることを、『軍人と国家』の第二章八節において、社会科学的視点に立って次のように明らかにしている。
クラウゼヴィッツが示したこの戦争の概念は、取りも直さず正真正銘のプロフェッショナルな概念そのものを表しており、まさしくすべてのプロフェッションの本質を体現するものである―何故なら、そのプロフェッションの概念とは、プロフェッション外の人間の思考と活動の影響を受けない固有の主題の範囲を設定することであり、加えて人間の活動と目的の全枠組みの中において、この主題の及ぶ範囲には限界があることを認識すること、であるからである。
クラウゼヴィッツはプロフェッショナルな軍の倫理に関して、この他多くの基本的事項についても種々論じている。しかしこれらは付随的なものである。彼の独創性に富んだ貢献はあくまで、戦争の本質の二元性およびそこから導かれるプロフェッショナルな軍人の役割に関する彼の概念にある。この概念が示されれば、事実上プロフェッショナリズムに関するその他の事柄は必然的に後から付いてくる類のものである。
引き続きハンチントンは、プロフェッションと位置付けるべきその将校が、これまで社会において如何なる評価を受けて来たか、市民のプロフェッションである医者や弁護士と対比させ、次のように述べている。
将校以外のプロフェッションのプロフェッションとしての本質と歴史については、これまで十分に論じられてきた。一方現代の将校団のプロフェッショナルな特質については等閑視されてきた。我々の社会では、ビジネスマンは多額の報酬を得ており、政治家は強大な権力を行使している。一方プロフェッショナルな人間は大きな尊敬を勝ち得ている。しかし一般の人々は殆んど将校を弁護士や医者と同レベルに位置付けていない。この等閑視の傾向は学者においても同様である。人々はこれら市民のプロフェッショナルを尊敬しているが、将校は尊敬していない。軍自身も、一般大衆が軍に対して抱くイメージの影響を受け、時として自分自身のプロフェッショナルとしてのステータスの意義を受け入れないことがあった。
軍事に関連して「プロフェッショナル」という言葉が使われるとき、通常それは「アマチュア」に対する「プロフェッショナル」という意味で使われてきた。「トレード(trade)」※や「クラフト(craft)」※※に対する「プロフェッショナル」という意味では使われてこなかった。「プロフェッショナルな軍隊」とか「プロフェッショナルな軍人」という言葉を使うとき、次の二種類の人たちの違いを曖昧にしたまま使ってきた。すなわち、金銭的な利益を得んがために働くという意味でプロフェッショナルな志願兵と、社会に対する奉仕のために「より高度な仕事」を求めるという意味においてプロフェッショナルな将校との違いである。
(※注トレード:熟練を要する職業。例えば建設現場や各種工場における熟練工など。本書では下士官兵がこの概念に当る。
※※注クラフト:技巧もしくは技巧を要する仕事・職業を表す。例えば木工やガラス細工などの職種を意味するが、本書では銃を発射することなどを機械的なクラフトとしている。)
建国時から第二次世界大戦に至る間、アメリカ社会で軍の将校が置かれていた立場は、想像以上に厳しいものであったのである。歴史的に観ると、60万人を超える軍の戦死者を数えた南北戦争後のアメリカでは、大富豪カーネギーに象徴されるビジネス平和主義が隆盛を極め、「社会の全面的敵意が、軍を政治的に、知的に、社会的に、さらには物理的にも、社会から孤立した状態に追いやってしまった」のである。
このような状況下で、アメリカのミリタリー・プロフェッショナリズムの創設を担ったシャーマン、アプトン、ルースたちは、アメリカの軍の最悪期と評されるこの孤立、排斥、縮小の時代に、「自らの権力と影響力の拡大を犠牲にして、自分自身の固い殻の中に閉じこもることで、独自の軍の個性を確立しようとした」。この間僻地に軍人僧の如く住み着き過酷な任務に携わる若年の士官、あとに続く陸軍士官学校生徒も、国民の容赦なき敵意の前に、孤立した立場に追いやられる中で、軍事学術誌などを通して、自らが担う国防の任務、意義を半世紀以上にわたって訴え続けてきた。その苦難の歴史がアメリカにもたらした果実をハンチントンは次のように表現している。
19世紀末に、もし将校団が排斥されていなかったならば、またもし陸軍と海軍が1870年代と1880年代に予算を骨の髄まで切り詰められていなかったならば、合衆国は1917年と1942年にもっとずっと困難な時を迎えていたであろう。二度の世界大戦において、軍の先頭に立って作戦を指揮したプロフェッショナルな将校たちの能力、その目を見張るような戦歴、それは19世紀の終わりに彼らが排斥されたが故にもたらされたものであった。それは排斥されたにもかかわらずもたらされたものではないのである。
ヨーロッパ大陸から距離を置く安定した地政学的条件に加え、豊富な資源に恵まれ順調な経済発展を享受するアメリカ社会は、広範囲に散在するインディアンを追いかける以上の積極的な役割を見出せない軍を徹底的に敵視し、縮小し、排斥したのである。国民が軍に対して示すあからさまな蔑視、嘲笑の実態が、若年の将校によって、ヨーロッパ社会と対比させ、学術誌へしばしば投稿されている。「時として自分自身のプロフェッショナルとしてのステータスの意義を受け入れないことがあった」という状況に追い込まれていたのである。報告されている個々の実態は明らかに、戦後自衛隊員が経験した以上の厳しい実情を表している。暗黒時代とも称されるこの過酷な試練を克服した合衆国軍の歴史を見過ごすことがあってはならない。
ハンチントンは、このようにプロフェッショナル化の改革を曲がりなりにも独力で推し進めて来た合衆国軍の苦難の歴史を踏まえ、第二次大戦終結後間もない時期に改めて、現代の将校を西欧社会固有の職業概念プロフェッションと明示的に位置付けたのである。「社会に対する奉仕のために『より高度な仕事』を求めるプロフェッショナルな将校」を、医者、弁護士、聖職者の三大プロフェッションと同等の社会的地位に位置付けたのである。ミリタリー・プロフェッショナリズムの詳細はこのあと「1章 将校はプロフェッションである」の章で述べることにする。
なおハンチントンのこの確信的な主張にはもちろん、プロフェッショナリズム全般に関する広範な体系的、網羅的な文献調査・研究の裏付けが存在している。軍事に関わるプロフェッショナリズムについては、「プロフェッションとしての将校職を分析している英文の文献は著者の見る限りでは一件に限られる」との注釈付きで『英国の海軍士官:海軍プロフェッションの物語』※が挙げられている。本書の内容はしかし、西欧文明固有の職業概念プロフェッションとは無関係であることから、本来のプロフェッションを明示的に将校職に適用したのはハンチントンが最初であることは明らかである。
(※Michael Lewis, "England's Sea Officers : The Story of the Naval Profession (London, 1939)" : 著者である王立海軍大学のマイケル・ルイス歴史学教授は、イギリス海軍の起源と発展過程の特徴を「素晴らしき非論理性」と表現したうえで、海軍士官の教育・訓練、任官、退官に至る生涯を概観・分析し、海軍史家の視点からイギリスの海軍士官のあり方を示唆している。表題にプロフェッションという用語が使われているが、海軍士官を古典的プロフェッションと位置付ける明示的な記述・議論はない。)