ハンチントンは1章において、現代の軍の将校はプロフェッションであることを明確に提言した。引き続き、その軍が備える倫理を明らかにし、軍の理念の本質に迫ろうとする試みへと進む。ここでは「軍の精神(military mind)」という概念を用いて議論が進められて行く、
軍に固有の側面もしくは軍の機能上の側面が「軍の精神(military mind)」という観点からしばしば議論されてきた。本章では、この概念が分析の有用な道具として役立つよう十分精細に定義することを試みる。軍の精神は次の三つの観点から取り上げることができよう―(1)その能力または資質―(2)その特質または特徴―(3)その姿勢または本質である。
軍に固有の側面もしくは軍の機能上の側面(the unique or functional aspect of the military)を議論するのに、欧米先進国で用いられて来た概念「軍の精神」は、我が国では市民権を得ていない未知の用語・概念である。まずは欧米諸国で、この概念「軍の精神」が如何に論じられてきたか、一般に用いられて来た三つの観点について、ハンチントンの評価を見て行こう。
このうち第一の観点「軍人の能力または資質」から論ずる方法は、プロフェッショナルな軍人の知性、視野、および想像力を、弁護士、ビジネスマン、政治家等と比較することから軍の精神を特定しようとするアプローチである。ハンチントンは、このアプローチは「軍の精神の一つの形質を取り扱ってはいるが、軍の精神の知能尺度上の位置付けは、軍の精神の特に「軍事的」側面を定義するのに役立っていない」としている。
次いで第二の観点「軍人の特質または特徴」から論ずる方法は、これまで軍人、文民を含む多くの著述家が採って来たアプローチである。「軍の任務の絶え間ない遂行により、軍の精神は規律正しく、厳格で、合理的で、科学的である」とするその一般的な認識を、ハンチントンは直観的であるがほぼ正しいと認めたうえで、「軍以外の種々の重要な政治集団との個性、価値観、行動面の比較・評価、種々の社会環境における変化等より多くの知識が集積されるまで、このアプローチは、シビル・ミリタリー・リレーションズを分析するにはあまり有用とは言い難い」としている。
そして第三の観点「軍人の姿勢または本質」から論ずる方法は、軍の精神の本質―軍人の姿勢、価値観、考え方―を直接の対象として取り上げ、これを分析することで軍の精神を明らかにしようとするアプローチである。これにはさらに細分して次の二種の方法、「軍の精神の内容」に着眼して論ずるアプローチおよび「軍の精神の根源的属性」に着眼して論ずるアプローチを挙げている。
このうち前者の「軍の精神の内容」に着眼して論ずるアプローチは、初めに内容的に軍的なものとして特定の価値観と姿勢―例えば通例、戦闘的気質と権威主義―を挙げ、軍人はこの価値観に従って行動する―例えば攻撃的かつ好戦的な国家政策を支持する―とする方法である。
これらの結論が正しいかどうかは別にして、これらの結論に到達する際に用いられている方法は主観的で恣意的である。ある特定の価値観が軍的なものであるとし、従ってこの価値観を軍人が身に付けているとするこの先験的な仮定は正しいかも知れないし正しくないかもしれない。しかしそうでなければならない理由はこの手順の中には存在しない。
と否定している。次いで「軍の根源的属性」に着眼して論ずるアプローチは、はじめに内容的に軍的なものとして、軍の根源的属性を挙げ、軍人はこの軍の根源的属性から出てくる姿勢または価値観を身に付けるとする方法である。
しかしこの場合難しいのは、軍の根源的属性から出てくるとはいっても、それが必ずしもすべて軍の根源的属性としての特性に起源を持っているという訳ではない、ということである。軍人にはフランス人やアメリカ人、メソジスト教徒やカトリック教徒、自由主義者や反動主義者、ユダヤ人や反ユダヤ主義者がいる。軍人の表明することがすべて軍人としての彼の姿勢を反映しているのではなく、彼の軍の役割とは無関係に彼の社会的、経済的、政治的、もしくは宗教的関係から出ているのかも知れない。この難点はすべての階級、すべての国、すべての時代の軍人から幅広い代表的な情報サンプルを収集し調べることによって、軍人に関するこれらの本質的でない特徴を取り除くことができるならば、解決できよう。
とこれに対しても否定的な見解を示している。そして最後にハンチントン独自の方法、軍の精神をプロフェッショナルな倫理として定義する方法を次のように提唱している。
しかしこのような作業の大変さを考慮すれば、軍の精神へ迫る代替の道を見出す方が望ましい―それは軍の精神を一つのプロフェッショナルな倫理として定義することによって、「軍の理念(l'idée militaire)」の本質に到達しようとする方法である。
自らが提言したプロフェッションとしての国軍の将校、そのプロフェッショナルな将校が身に付ける「軍の精神」を、プロフェッショナルな倫理として定義する、そしてその先に軍の理念の本質を見出そうとする。きわめて斬新なハンチントンの着想である。その提言を見て行こう、
長期間同じ生き方をする人々は特徴的で持続的な習慣を身に付けるようになる。世界に対する彼ら独特のつながり方が、彼らに世界について固有の大局観を植え付け、彼らの行動と役割を正当化するようになるのである。その役割がプロフェッショナルなものである場合、とりわけ正当化は顕著になる。プロフェッションというのは大抵の職業よりも、より厳密に定義され、より真剣かつ独占的に実行され、そしてより明確に他の人間の活動から分離されている。
このことは、古典的プロフェッションもしくは知的プロフェッションと呼ばれる聖職者、医師、弁護士の現状を見れば明らかである。
プロフェッショナルな機能を持続的に偏りなく遂行すれば、持続的なプロフェッショナルな世界観(weltanschauung)またはプロフェッショナルな「精神」が生まれる。
軍の精神はこの意味でプロフェッショナルな軍の機能を遂行することに本来備わっている価値観、姿勢、および大局観から成っており、それは軍の機能の本質から出てくるものである。その軍の機能は、暴力の管理に熟達し、国家の軍事的安全保障に対して責任を持つ公的組織体制を採るプロフェッションが遂行するものである。
従ってある一つの価値観または姿勢が、ミリタリー・プロフェッションの固有の専門知識・技能、責任、および組織について何らかのことを示すか、あるいはそれらに由来する何らかのものを具備しているならば、その価値観または姿勢は、プロフェッショナルな軍の倫理の一要素を成していると考えられる。
このようなプロフェッショナルな倫理は、非プロフェッショナルな人間に対してプロフェッショナルな人間の行動を規定する、狭義の規約の中に書かれている種々のプロフェッショナルな倫理より幅広い概念である。その中には、軍の職業的な役割を持続的に遂行する中で積み上がる実績から推量される様々な好みや期待も含まれる。
以上「軍の精神」をプロフェッショナルな軍の倫理として定義し、「軍の理念(l'idée militaire)」の本質に到達しようとするハンチントンの構想が明らかに示された。この新たな手法・アプローチの社会科学における位置づけ、またその結果得られる「プロフェッショナルな軍の倫理」の適用性、普遍性・不変性についての考察が述べられる。
かくして軍の精神は、社会認識におけるウェーバーの理念型として抽象的に定義されることになる。これを用いれば、実際の人間や集団の信条を分析することが可能となる。
だが明らかに如何なる個人または集団も、軍の倫理のすべての構成要素を信奉するという訳でない。何故なら、如何なる個人または集団も、軍事的な側面だけを考慮に入れて動機付けを図る訳ではないからである。如何なる将校団も、軍の倫理を信奉するのは、それがプロフェッショナルなものであるという範囲に限られている。言い換えれば、その軍の倫理が社会的要件というよりは、機能的要件に適っているという範囲までである。
ウェーバーの理念型
ドイツの社会学者マックス・ウェーバーによって提唱された、社会科学分野における代表的な方法論の一つである。社会構造や歴史など極めて複雑な対象を認識・理解するために広く用いられて来た。参考となるサイト情報によれば、
複雑多様な現象の中から本質的特徴を抽出し、それらを論理的に組み合わせた理論的モデル。それを現実にあてはめて現実を理解し、説明しようとする理論的手段。現実を素材として構成されるが、現実そのものとは異なる。
デジタル大辞泉https://kotobank.jp/word/%E7%90%86%E5%BF%B5%E5%9E%8B-149181
あるいは、
・社会科学はあらゆる文化事象を対象にする。
・社会科学的認識とは、無限に豊富な実在を一面的・非実体的に把握することである。
・一面的・非実体的な把握とは、実在を「概念」的に把握することであり、つまり「理念型」として実在を把握することである。
・理念型とは、文化事象を理解するために手段として利用できる概念的な分析モデルである。
・理念型は実在には存在せず、思考の中にのみ存在する純粋な論理モデル(架空物のもの)。
・理念型と実在を比較することによって、実在(現実世界)が理解(認識)可能になる。
・概念は一面的であり、非現実的なものである。概念と現実を混同してはいけないし、概念に当てはめるために現実を捻じ曲げてもいけない。
「マックス・ウェーバーの「理念型」とはなにか」https://souzouhou.com/2021/12/19/max-weber-2/#i-14
ハンチントンは、軍に固有の側面もしくは軍の機能に固有の側面を表す「軍の精神」という複雑・多様な実在(現実世界)を解明・理解するために、「プロフェッショナルな軍の倫理」という観点を設定し、この観点から「軍の精神」を構成する本質的特徴を抽出し、それらを論理的に組み合わせて概念的な分析モデル「理念型」を構築しようとしている。その結果得られる「軍の精神」の理念系を実在と比較することによって、現実の軍を理解・認識することが可能となる。
続いてハンチントンは、プロフェッショナルな軍の倫理の普遍性について次のように述べている、「プロフェッショナルな将校団が語る倫理には高いレベルのプロフェッショナリズムが表れている。・・・そのうえミリタリー・プロフェッションの知的な表れとしてのプロフェッショナルな軍の倫理は、まさにプロフェッションと同じように「時間にも場所にも拠らない」」。
また軍の倫理の不変性について、「軍の機能の固有の性質に基本的な変化が起こらない限り、プロフェッショナルな倫理の内容には変化は起こらないであろう。軍事技術における簡単な変化、例えば兵器工学の発達や、軍事問題における経済的側面の重要性の高まりなどは軍の倫理の性格を変えることはない(ペニシリンの発見が医の倫理を変えなかった例に見るように)。したがって、軍の倫理は不変の基準であり、それを用いて如何なる場所の如何なる時代の将校団に対しても、そのプロフェッショナリズムを評価することが可能となる」としている。
明確にするために、この理想的なモデルを改めて「プロフェッショナルな軍の倫理(professional military ethic)」と称することにしよう。これに対して例えば歴史のある特定の時点で、特定の将校の集団によって実際に支持された価値観は、「十九世紀のドイツの軍の倫理」とか「第一次世界大戦後のアメリカの軍の倫理」と呼ぶことにする。
我が国は、国家的価値観として、「太平洋戦争における日本の軍の倫理」を厳然として保持していたのである。