ついで、プロフェッショナルな軍は国家の軍事政策をどう観るのか、ハンチントンは次のように示している、
国家政策に対する軍の考え方には、国家の軍事的安全保障に対するプロフェッショナルとしての責任が反映する。この責任は軍を以下のような行動に導く。
(ⅰ)国家を政治機構の基本構成単位と見做す
(ⅱ)国家の軍事的安全保障に対する脅威の持続性および戦争の持続可能性を強調する
(ⅲ)安全保障に対する脅威の重大さと緊急性を強調する
(ⅳ)強力で、多様で、すぐに使える軍事力の整備を志向する
(ⅴ)国家の責務拡大に反対し勝利が確実なとき以外は戦争に巻き込まれることに異議を唱える
ハンチントンは上記の五項目をさらに各項目別に詳細に論じていく。以下にその概要を枠線ボックスとして示しておこう。
国家の軍事政策にかかわる軍の倫理―その概要
(ⅰ)政治機構の基本構成-国民国家の重要性
ミリタリー・プロフェッションの存立は国民国家の存在の有無に懸っている。ここで謂う国民国家とは、自己の安全保障に対して存在する脅威に対処するため、軍事的常備編制を維持することが可能であり、またそのような体制の維持を望むことが可能な国家のことである。・・・・軍人は従って国民国家は政治機構の究極的形態であることを当然と考える傾向がある。そしてその国民国家の政治目的が、兵力を整備し行使することを正当化するのである。言い換えれば戦争の原因はつねに政治的なものである。政治目的の持続的な実現を目論む国家政策は、戦争に先行して始まり、戦争に訴えることを決定し、戦争の性質を決定し、戦争を終結させ、さらに戦争終結後も継続して存続する。戦争は政治目的実現のための手段でなければならない。しかるに「全面戦争」または「絶対戦争」は、互いの戦闘員に惨害をもたらす可能性がある場合、回避しなければならない。
(ⅱ)不安定の永続性と戦争の不可避性
独立した国民国家が存立する世界では、軍事的安全保障の問題は決して決定的に解決されることはあり得ない。国家間の争いは絶え間なく起こり、戦争は単にこの争いが先鋭化したものであり、それは常に存在する軍事的安全保障問題を危機的状態に陥れる。・・・・その直接の原因は互いに対立する国家政策の中にあるが、その基本的原因は人間の本質の中の深奥部に内在している。人間の本質の中にすべての人間の対立の源があるのである。「戦争を放棄するためには、我々は人間の本質の不完全性の中にあるその原因を取り除かなければならない」。戦争の原因が人間の本質の中にあるならば、戦争の完全な放棄は不可能である。従って軍の精神は、戦争の防止を目的とした制度上の方策には懐疑的である。条約、国際法、国際調停、ハーグ法廷、国際連盟、国際連合は平和のためには何の役にも立たない。決定的要因は常に国家間に存在する力関係にある。・・・・国家は自己の要求を武力で後押しする強さと意思を持っているのでなければ、外交によって何も得ることはできない。かつてネルソンは次のように語っている―「英国艦隊はヨーロッパにおける最強の交渉者である」。
(ⅲ)安全保障に対する脅威の重大さと緊急性
軍人は通常、国家の安全保障に対する脅威の潜在性と緊急性を警戒心を持って注視する。・・・・軍人は本来、軍事的状況を推定する際、国際政治の客観的な実体をごく限られた面から観る恐れがある。加えて軍人の見方そのものも、プロフェッショナルとしての主観的な先入観を映し出す。その先入観の程度は軍人個人の総合的なプロフェッショナリズムのレベルに依存する。時として軍人は、国家の安全保障に対する脅威が存在しないところに脅威を見出すことがある。安全保障の脅威を推定する際に、軍人は他国の意図よりはむしろその能力を見る。・・・・軍人は職業上他国の戦闘力を推定する能力を備えているが、他国の政策を判断することは彼の能力の範囲外にある政治の問題である。
(ⅳ)強力な軍事力の整備―軍事力のレベルとその源泉
軍人は国家の安全保障に対する脅威に危惧の念を抱いているため、国家の安全保障を確保することができるよう軍の拡充と強化を強く訴える。その典型的な例は国家予算の配分増大の要求である。・・・・軍人はまた、事実上すべての起こり得る非常事態に対処可能な戦力を要望するが、人の先見性には限界があるため、軍人は可能な限り多種類の兵器と戦力を保持することを好む。ただしこれらの兵器システムが、想定している脅威に対処できるよう十分に強力である、ということが前提となる。国家は通常、起こり得るすべてのまたは大部分の脅威に対処できる戦力を維持することは不可能である。そのため軍人は通常、軍事的重要事項の優先順位を定めておくことが要求される。それも、軍事的安全保障確保のための客観的要求の形を採った、理論的な優先度の階層として定めておくべきである。・・・・しかし彼がたとえ如何なる優先度の階層を作り上げたとしても、彼は軍人としての本能を備えているため、国家に対してその階層をできるだけ下まで実現するよう強く訴えるようになる。
軍人はまた安全保障条約や同盟によって国家を守ることを好む。ただしこれらの取決めが、国家の責務を増大するのではなく国家の力を増強する、という条件が付く。・・・・同盟国は、イデオロギー的、政治的利害関係を無視して、単に国家の安全保障上の利益に関する相互関係に基づいて選ぶべきである。「国家間の同盟は完全に力の政策の観点から考慮しなければならない」。・・・・国家の力は、国土の拡張と外国の基地の獲得によっても増強されるであろう。しかしこの場合領土の拡張が実質的な力の増大をもたらすが、責務は過度に拡大しないということが必須の条件となる。軍人は攻撃を受け易く防護困難な孤立した海外の領土を手に入れることは望まないのである。
(ⅴ)責務の制限と戦争の回避
軍人は政治目標が好ましいとか好ましくないとかというようなこと自体には関心を抱かない。彼が関心を持つのは、政治目標と軍事手段との間の関係である。何故ならこのことが国家の軍事的安全保障に直接影響を及ぼすからである。政治家は国家の軍事能力の限界を越えて、国家に過度の責務を負わせることのないよう注意しなければならない。雄大な政治構想や広範に渡る政治目標は回避しなければならない。何故ならそれが好ましくないからではなく、実行できないからである。・・・・道徳上の目的やイデオロギー上の目的は安全保障を代価として追い求めるべきではない。あくまで軍事的安全保障の確保という政治目的の実現が求めるべきものなのである。
政治家は国家政策の遂行において、動的で、目的を持った構成要素としての位置付けを与えられている。一方軍人は実際的で有用な手段を象徴する存在である。政治家の目的が自国の手段の能力を超えているときは、政治家に警告を発するのが軍人の役目である。
軍人は通常無謀で、攻撃的で、好戦的な行動に反対する。・・・・通常軍人は将来を確実に予測することは不可能であると認識している。戦争は常に国家の軍事的安全保障に対する脅威を激化させるものであり、一般にその戦いを最後の頼みとする場合か、勝利が事実上確実であるとき以外は、戦争に訴えるべきではない。・・・・従って軍人はまず戦争を支持することはない。
軍人は常に戦争の危険性に備えるため、軍備拡張が必要であると主張する―しかし彼は軍備が増強されたとしても、決して準備が十分であるとは感じないのである。従ってプロフェッショナルな軍人は国家政策を立案、形成する過程において慎重で、保守的で、抑制の効いた意見を出すことで貢献する。このことはファシスト・ドイツ、共産主義ロシア、民主主義のアメリカを含め、大多数の現代国家において軍人の典型的な役割となっている。
軍人は戦争を恐れる。軍人は戦争に備えることを望んでいる。しかし決して戦争をする気持ちは持ち合わせていないのである。この平和主義的な姿勢は一つには組織の保守主義の中にその起源を有するのであろう。同様に国家の安全保障に対して抱く懸念の中にも、その起源が存在するのであろう。
軍のリーダーは社会の重要な権力構造の一部を構成しており、しかもその最上位に位置している。彼は自らの属する社会が一旦戦闘状態に入った場合、あらゆることを敢行する。従って勝利を得ても得なくても、戦争は他の如何なる制度よりも軍の制度を不安定にする。・・・・力に懸念を抱いている軍人は、往々にして本来意図していた用途とは関係なく、力の蓄積それ自体を一つの目的と考えるようになる。彼はその蓄積した大きな力を出来るだけ有効に使おうとするようになるのである。
軍人は自らを絶えず文民の戦争挑発の犠牲者であると見る傾向がある。戦争を始めるのは国民と政治家であり、世論と政治組織である。彼らと戦わなければならないのは軍である。これまで戦争を美化し賛美してきたのは軍人ではなく、民間の哲学者、出版人、学者たちであった。軍自体は戦争を引き起こさないのである。
一般に平和を望む国家は、その願いをかなえるために十分に武装しなければならない。弱小国は攻撃を招くからである。しかるに文民政治家は、大衆の支持を得るために軍事予算を抑制し、同時に大胆な外交政策を追求する傾向がある。軍人はこれら両傾向に反対する。従って軍の倫理は、武力そのものと好戦的気質との間にはっきりとした区別を付ける。また軍事国家と好戦国家との間にはっきりとした区別を付ける。
軍事国家は、秩序ある兵力に備わる軍の美徳―規律、階級組織、自制、着実性―を体現している。これに対して好戦国家は野蛮で無責任な興奮と熱狂をその特徴とする。また暴力、栄光、冒険への愛をその特徴とする。戦争をよく知るプロフェッショナルな軍人にとってこの種の心理はほとんど訴えるものを持たない。軍人はたとえ戦争の最終的不可避性を信じている場合でも、即時に参戦することに対しては最も力強い反対の声を上げる。