戦争の科学がその広がりと複雑さを増すにつれ、世界の国軍は自らの軍事制度・組織を再定義・再構築する課題に直面してきた。世界の軍事組織の改革の歴史がそれを如実に物語っている。

 ナポレオンに壊滅的敗北を喫したプロイセンが、一九世紀初頭に来るべき近代戦を視野に入れ組織的陸軍の構築に着手した改革。さらに参謀総長モルトケがクラウゼヴィッツの戦争の本質に関する二元性の概念を一つの指標として、この改革運動を集大成し確立したドイツ参謀本部理論。さらにその成果をアメリカ合衆国軍が南北戦争後の組織改革に向け真摯に学び取った歴史的事例。これ等がその代表例である。

 第二次大戦後ハンチントンは、ハーバード大学の博士課程を修了したあと引き続き同校で教鞭を執るかたわら『軍人と国家』を執筆した。プロイセン陸軍の近代化に向けた改革の歴史的意義を、軍事学、社会科学を包含する複眼的視点に立って分析・検証し、モルトケの掲げる理念「政治に関与しない陸軍」を基に組織的に築き上げられた近代的プロイセン陸軍に、西洋固有の職業概念プロフェッションの基本特性の内在性を検証し、自らが提唱する軍の理念ミリタリー・プロフェッショナリズムの原型と位置付けた。

 西欧文明が一六世紀以来、聖職者医師弁護士に限定して付与して来た固有の職業概念『プロフェッション』、それは社会の成立そのものに必要不可欠な職業、社会が正しく機能するために必須の職業として特別の使命とステータスが与えられて来た。

 ハンチントンは、これら3種の古典的プロフェッションに新たに軍人を位置付けたのである。

 軍人はプロフェッションであるとする提唱とともに、軍に固有の側面もしくは軍の機能上の側面を表す「軍の精神」を、社会科学方法論に基づき、プロフェッショナルな倫理として定義することによって、「軍の理念」の本質に到達しようとするハンチントンの主張「ミリタリー・プロフェッショナリズム」は、世界に巾広く受け入れられ、主要先進国に深く根を下ろしている。軍事科学の高度化がもたらす極度に激化した国家間の競合・紛争に伴い、現代社会が恒常的に直面する安全保障にかかわる難題「軍とは何か、軍人とは何か」という先進国固有の基本問題に対して、「ミリタリー・プロフェッショナリズム」は、現代の軍事組織のあり方・位置付けを明らかにする普遍的なフィロソフィー・理念として不動の位置付けを獲得し、シビル・ミリタリー・リレーションズの理論における指導原理として時代を先導する道標となっている。

ミリタリー・プロフェッショナリズムとは ー 一口メモ

『軍人と国家』にはミリタリー・プロフェッショナリズムという用語が頻繁に出てくる。ここで簡単に説明しておこう。

 まず、「プロフェッショナリズム」は、西欧社会で特別の職業名「プロフェッション」が付与されている聖職者、医師、弁護士が高いレベルの卓越した技能・能力を示すこと、あるいはこれらの人たちが示す高いレベルの卓越した技能・能力、を言う。これら以外の特定の職業において、よく訓練された人が示す高い技能・能力を言う場合は当てはまらない。

 ハンチントンは、その独創的な主張―現代の将校職はプロフェッションである―に基づいて、「ミリタリー・プロフェッショナリズム」という用語を幅広く用いている。

近代におけるミリタリー・プロフェッショナリズム
 「軍のプロフェッショナル化は十九世紀の二期間に集中して進展した。第一の期間、一八〇三年~一八一五年のナポレオン戦争の間とその直後に、プロイセンをはじめ大方の国家は初等軍事教育のための各種機関を設置し、将校団への加入条件を緩和した」。この段階は創世記のミリタリー・プロフェッショナリズムと位置付けられる。
 「続いて第二の期間、十九世紀の第三四半期に、選抜と昇進の方法を洗い直し、参謀本部を創立し、そして高等軍事教育機関を設置した」。参謀総長モルトケが、クラウゼヴィッツの戦争の本質に関する二元性の概念を一つの指標として「政治に関与しない陸軍」を標榜して築き上げた段階であり、ミリタリー・プロフェッショナリズムの原型と位置付けられる。

現代におけるミリタリー・プロフェッショナリズム
 20世紀に入り、第一次大戦、第二次大戦において欧米の先進国で実現していた組織形態。とくにプロイセン陸軍が築き上げた成果を引き継ぎ、ドイツ陸軍およびアメリカ合衆国軍で実現していたミリタリー・プロフェッショナリズム。

ハンチントンの提唱するミリタリー・プロフェッショナリズム
 現代の将校職はプロフェッションであるとする提唱をもとに、現代の軍のあり方・位置付けを明確に提示-以下の提言により構成される。
・クラウゼヴィッツの戦争の本質に関する二元性の原理を基に政治と軍事の明確な分離を提唱 ⇒ 序 - 1. ミリタリー・プロフェッショナリズム
・現代の将校を、中枢的知識・技能「暴力の管理」を備え、国家の軍事的安全保障に対する責任、自らの職域の専心確立と独占、を目指すプロフェッションとして定義 ⇒ 1章 将校はプロフェッションである
・軍に固有の側面もしくは軍の機能に固有の側面を表す「軍の精神」をプロフェッショナルな軍の倫理として定義し、軍の理念の本質に迫ろうとする提言 ⇒ 2₋1. 軍の精神とは何か
・国家の軍事的安全保障を最大化する不偏的シビリアン・コントロールの提唱 ⇒ 2-3 不偏的シビリアン・コントロールの提唱