日本国民は太平洋戦争で過酷な総力戦の惨禍を被り、戦争に対する強い憎悪の念が今なお心の奥深く焼き付けられている。その結果国防にかかわる問題は、戦後一貫して日本国民の関心の対象外とされ忌避されてきた。その任務に携わる関係者は多かれ少なかれ、国民的基盤から除外された立場に立たされ、社会からの孤立状態を自覚させられてきた。

 実際、軍国主義国家への道をひた走った旧帝国陸海軍に対する国民の苦い記憶は、戦後三四半世紀を経た今もなおくすぶり続け、ともすれば自衛隊を旧軍と同列に置き、本来国軍が担うべき国民の信望を自衛隊は未だ獲得するに至っていない

 自衛隊自身もまた、旧帝国陸海軍と明確に決別する一国の国軍としての新たなあるべき自己像を見出し確立しているとは言い難い状況にある。

 実際自衛隊は、警察予備隊創設以来三十六年間、ほゞ全期間を通し旧軍出身者が統合幕僚会議議長の要職を占め、基幹幹部として自衛隊の指揮統率をとり続けて来た。また、幹部自衛官を養成する防衛大学校においても創設以来三十年間、旧軍の陸士、海兵出身者が防衛大学校副校長(同校における最高位の自衛官)、訓練部長をはじめ軍事教育・訓練の教官を務め、幹部養成の任に当たって来た。

 自衛隊はまた、発足に伴い自衛隊法を制定し、自らの任務、部隊の組織・編成、行動・権限等の一般的な規程とともに、自らの任務遂行の規範として第五章第四節服務を定めている。さらにこれを敷衍した形で旧軍出身の陸上幕僚長が監修した「自衛官の心がまえ」を制定している。

 国軍としての自衛隊が自らのあるべき姿を規定するのに用意しているのは、これらの行為規準のみである。

 規範は本来、「単に規範のみが単独に存在するのではなく、ある一定の価値を実現するために存在する」(日本大百科全書(小学館)p.643)。その規範は、「具体的な特定状況のもとでの行為を指示するような基準にかかわるのに対して、価値は一般的な望ましさの基準といった抽象度の高い、その意味で超越的、究極的なものを表す」(世界大百科事典(平凡社)❼-p.109)とされる。

 しかるに自衛隊は、その超越的、究極的なものとしての価値を示していないのである。軍に固有のその価値とは、端的に言えば、国軍としての自衛隊が信奉する軍の機能であり、倫理であり、精神(マインド)であり、そしてこれらの集合体としての理念である

 これに対して旧日本軍は、確固たる価値体系を保持していた。

 その骨子は、明治憲法の謳う「万世にして神聖な天皇の統治権」を基に、教育勅語の「爾臣民、一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」、明治天皇の軍人勅諭「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ」、さらに陸軍大臣東條英機の戦陣訓「戰陣に臨む者 は、深く皇國の使命を體し、堅く皇軍の道義を持し、皇國の威德を四海 に宣揚せんことを期せざるべからず」に象徴的に顕示されている。

国家神道と武士道ーハンチントンの見る帝国日本の本質

ハンチントンは、「日本の国家的イデオロギーは、本質的に、天皇の権威とサムライの規範を反映したものであり、相互に密接に関係し合うこれら二つの思想体系を合成したものであった。この天皇の権威とサムライの規範は、それぞれ国家シントー(神道)とブシドー(武士道)に体現されていた。」としている(第五章三節)。

 危急存亡のとき国家の命運を託される自衛隊員が、自らの職業に真の自信と誇りを持つことを可能とし、国民からの厚い信頼を勝ち取ることを現実のものとするために為すべきことは、国軍としての自衛隊の価値体系、すなわち軍の機能、倫理、精神、そしてその結果具現する理念を明らかにすることである

 この課題の解決を託されているのは自衛官自身を置いて他にない。少壮の幹部自衛官、防衛大学校学生への期待は大きい。南北戦争後の合衆国において、アメリカ社会から完全に孤立した状態に追い込まれながら、ミリタリー・プロフェッションの創成に向け、若手の将校、陸士・海兵の生徒が果たした貢献を忘れてはならない。

一貫した政治的軍国主義ーハンチントンの見る旧日本軍の本質

ハンチントンは、帝国日本の本質「国家神道と武士道」を体現して創設された旧日本軍の実体を克明に解明している。国軍としてあるべき自衛隊の価値体系ー軍の機能、倫理、精神、理念ーを明らかにしていくうえで、極めて重要な出発点となっている。
その全文「日本—一貫した政治的軍国主義」を掲載させて戴くので、まずは一読をお薦めしたい。原著の「第五章 日本とドイツーシビル・ミリタリー・リレーションズの実際」における第三節として位置付けられている。