18世紀末のヨーロッパで起こった戦争の科学の飛躍的な進歩は、「国家にとって軍とは何か、軍人とは何か」という新たな難題を現代社会に突き付けることになった。政治と軍事の間の距離設定、すなわち「シビル・ミリタリー・リレーションズ」にかかわる難題が国家の存立にとって第一義的な意義を有することになったことによる必然の帰結である。
弱冠29才のハンチントンは、この新たな命題に対する回答を求めて、「シビル・ミリタリー・リレーションズ」に関する本格的な理論を世に先駆けて構築するという壮大な構想の下に、第二次大戦後間もない1957年に、500頁を優に超す三部構成の大書『軍人と国家(The Soldier and The State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations)』を著し世に問うた。本書の冒頭に示されたこの新進気鋭の学徒の意気込みをまず見てみよう。
シビル・ミリタリー・リレーションズの研究においては、これまで理論化が試みられる機会があまりに少なかった。合衆国で僅かながらも広く受け入れられてきたシビル・ミリタリー・リレーションズの唯一の理論は、アメリカ自由主義の基礎を成している種々の前提から導き出された、曖昧で非体系的な仮定や信条の組み合わされたものであった。この寄せ集めの理論は、それが多くの重要な事実を理解するのに役立たないという意味で不適切である。それはまた、現代の世界では正当性のはっきりしない価値体系に基づいているという意味で時代遅れである。本書では、より有用で妥当な枠組みを提案し、シビル・ミリタリー・リレーションズの研究に関連する主要な理論的な論点を提起し、そしてその意味を明確化するよう努めたい。
引用元:『軍人と国家 : シビル・ミリタリー・リレーションズに関する理論およびポリティクス』サミュエル・P・ハンチントン, 原躬千夫 訳 2022.7.25自費出版、以下同様。
実際本書は、冒頭から新規概念ミリタリー・プロフェッショナリズムの意欲的な提起に始まり、ヨーロッパ先進国の軍事制度の詳細な歴史的考証を経て、現代のプロフェッショナルな軍が具備すべき固有の機能・倫理の明確化、さらにシビリアン・コントロールの理論的考察へと歩を進め、その事例研究として、プロフェッショナル化の対称的な道を歩んだドイツと日本を分析の俎上に挙げている(以上第一部)。
さらに引き続き、自由主義国家アメリカにおける建国以来の政治と軍事の関係を詳細に分析し、南北戦争以来合衆国軍が歩んだミリタリー・プロフェッショナリズム構築の苦難の過程、さらに第二次大戦および冷戦時におけるプロフェッショナリズムの危機を詳細に分析している(第二部、第三部)。
このように本書は、西洋文明固有の職業概念・価値観「プロフェッション」が文頭から議論の中心に据えられ、これを基軸に極めて広範かつ詳細な学際的分野にわたる議論が展開される。この構成上の特徴も相俟って、ハンチントンが目論む「より有用で妥当な枠組み」を理解し、「主要な理論的な論点を把握し、その意味を明確化する」ことは、この分野の限られた一部の専門家を除き、必ずしも容易ではない。それゆえはじめに、ハンチントンが提起する理論の中核を成す命題を明らかにし、その概要を紹介しておきたい。
ハンチントンが本書で提唱する中心的な命題は次の二点に絞られると言ってよい。第一はミリタリー・プロフェッショナリズムであり、第二は不偏的シビリアン・コントロールである。この二つの概念は、現代社会における国家と軍のあるべき関係を方向付ける原型として、世界的に確立された位置付けを得ており、シビル・ミリタリー・リレーションズの理論における指導原理として時代を先導する道標となっている。以下にその概要を紹介しよう。
序 -1.ミリタリー・プロフェッショナリズム
序 -2.不偏的シビリアン・コントロール―軍事的安全保障の最大化